2025.6.23 分子栄養学「脳の情報伝達の仕組み:ナトリウム・カリウム・カルシウムの連携で神経伝達物質が働く科学的メカニズム」
分子栄養学「脳の情報伝達の仕組み:ナトリウム・カリウム・カルシウムの連携で神経伝達物質が働く科学的メカニズム」


私たちの心を司る仕組みに、カルシウムが関わることをご存じですか?
今回は、脳を構成する神経細胞の活動を支える栄養素、
・ナトリウム、カリウム、カルシウム
の3つのミネラルの基礎的な関係について、医師がわかりやすく解説いたします。
脳の神経において情報伝達を支える3つのイオンの完璧な連携

私たちの脳は、毎日無数の情報を処理し、記憶を作り、学習を行っています。
この複雑な脳の働きを支えている重要な要素のひとつが、カルシウムイオン(Ca²⁺)です。
カルシウムは単なるミネラルではありません。脳を構成する神経細胞では「情報伝達の指揮者」として、極めて重要な役割を担っています。
「カルシウムが心に関係あるの?」
と思う方もおられることでしょう。
実は驚くべきことに、私たちの思考、記憶、感情といった脳の働きを実現する複雑な情報伝達を可能にしているのが、
・神経伝達物質(脳内の情報を伝える化学物質)
・ナトリウム、カリウム、カルシウムという3つのイオン(電気を帯びた原子)※1
の見事な連携です。
カルシウムは、ナトリウムとカリウムが起こす「電気信号(活動電位)」と連携をとって、「心」をうみ出す複雑な回路で重要な役割を果たしています。
以下にその分子的な仕組みの基礎を、脳と神経細胞の関係から一緒に見ていきましょう。
心と脳と神経伝達物質の関係

私たちの心を司る脳は、数えきれないほどの
・神経細胞(ニューロン:脳の基本となる細胞。以下、神経細胞)
が集まってできています。
そして脳科学の分野では、その神経細胞同士がリレー方式で連絡を取り合い複雑な回路をつくることで、感情を感じたり考えたりする「心」が生まれるといわれます。
その心をうみ出す基盤となるのが
・電気信号(活動電位)
です。脳の神経細胞は、このナトリウムとカリウムによってうみ出される電気信号によって、情報を伝えています。
(※ナトリウムとカリウムの秘密 – 神経細胞の生命を支える電解質の重要性)

しかし、その電気信号はずっと無制限に続くわけではありません。電気信号が伝わるその途中で、一瞬「化学物質」による信号に置き換わる場所があります。
その情報伝達の役割を担う化学物質が、「神経伝達物質」です。
神経細胞と神経細胞の間には物理的な「すき間」があり、そのすき間は神経伝達物質によって情報が伝達されます。
神経伝達物質には、リラックスした穏やかな気分をつくる「セロトニン」、やる気や報酬感覚に関わる「ドーパミン」、集中力や注意力の維持に重要な「ノルアドレナリン」など、さまざまな種類があります。
(※心の健康にビタミンB6が必須である理由:神経伝達物質とストレス対策の分子栄養学)
神経細胞の神経伝達物質の放出に合図を出す!カルシウムイオン

神経細胞と神経細胞が神経伝達物質で情報をやり取りする場所、これを
・シナプス
と呼びます。神経細胞同士は「シナプス」と呼ばれるつなぎ目で情報を伝え合い、会話しています。
シナプスは物理的に接触しているわけではなく、とても小さなシナプス間隙(シナプスかんげき)という「すき間」をつくっています。そのすき間では、以下のように情報が伝わります。
①情報を伝える側の神経細胞から「神経伝達物質」が放出される
↓
②神経伝達物質が、情報を受け取る側の神経細胞の表面にある「受容体(じゅようたい)」と呼ばれる特殊な膜タンパク質にぴったりとくっつく
↓
③受容体の構造が変化して、それが合図となり、次の神経細胞に情報が伝わっていく
受容体はタンパク質でできた、情報を受け取るためのアンテナのようなものです。神経伝達物質と受容体は「鍵と鍵穴」のようなくっつき方によって情報が伝達されます。
そしてこの①の「神経伝達物質が放出される」ように合図しているのが、カルシウムイオンです。
カルシウムによる情報伝達の仕組み:電気信号から化学信号への変換を司る
ここで、これまでの流れを整理してみましょう。
神経細胞の役割は、情報を伝達することです。
神経細胞が情報を伝える際には、まず「活動電位」と呼ばれる電気信号が発生します。ナトリウムとカリウムによって「電気信号(活動電位)」が引き起こされ、1つの神経細胞の中を電気信号が伝わっていきます。
そしてその活動電位が神経細胞の軸索の末端部分(軸索終末または神経終末。以下、神経終末)に到達すると、まず最初に
「カルシウムチャネル(カルシウムの通り道)」
が開きます。すると、細胞の外にあったカルシウムイオンが、勢いよく細胞の中に流れ込みます。
このカルシウムイオンの流入が、情報伝達の決定的な瞬間を作り出します。細胞内のカルシウムイオン濃度が高くなることが引金となり、神経伝達物質が次の神経細胞に向かって放出されます。
神経伝達物質の放出:カルシウムが引き起こす連鎖反応
カルシウムが細胞内に入るとそれが引き金となり、神経細胞の軸索の末端部分(軸索終末、神経終末。以下、神経終末)にある
・シナプス小胞(神経伝達物質が入った小さな袋)
から神経伝達物質が放出されます。この小胞には、ドーパミン、セロトニンなどの神経伝達物質が詰まっています。
カルシウムがどのようにして「神経伝達物質の放出」に関与しているか、その具体的な仕組みは今も研究されている最中です。
放出された神経伝達物質は、次の神経細胞の「受容体(情報を受け取る部分)」に結合して情報が伝わります。
神経終末において、カルシウムチャネルを通じたカルシウム流入が神経伝達物質放出を開始するという仕組みは、脳が行う情報処理の重要な基礎となっています。
カルシウムは、マグネシウムとのバランスが重要!
マグネシウムは、神経細胞が正常に機能するために重要な
・エネルギー(ATP)産生のためのエネルギー代謝経路
にとっての必須栄養素です。
(※エネルギーをつくるための必須栄養素「マグネシウム、ビタミンB群、CoQ10、鉄」)
マグネシウムは、神経伝達物質の受容体のひとつ「NMDA受容体」※2に蓋(フタ)をすることで、神経細胞の正常な働きを維持する重要な役割を担うとの報告があります※3、※4、※5。
マグネシウムとカルシウムの複雑な相互作用が昔から知られています※6。カルシウムとマグネシウム、ナトリウムとカリウムも含めたミネラルバランスの良い食事を心掛けましょう。
今回のまとめ
私たちの思考、記憶、感情といった脳の働きを実現する複雑な情報伝達を可能にしている基礎となるのが、
・神経伝達物質(脳内の情報を伝える化学物質)
・ナトリウム、カリウム、カルシウムという3つのイオン(電気を帯びた原子)
の見事な連携です。
それとともにマグネシウムも
・エネルギー(ATP)を作る
・NMDA受容体のフタとなり神経細胞の適切な働きを支える
など、脳を構成する神経細胞の正常な働きに必須のミネラルです。
健康な心を維持するためには、たくさんのエネルギーや栄養素が必要です。規則正しい生活習慣、ミネラルを含めたバランスの良い食生活で暑い夏を乗り切り、分子栄養学による健康管理を進めていきましょう。
(※脳に必要なエネルギーATPの半分を使う!? 神経細胞とナトリウムポンプ)
※1 イオンとは、電気を帯びた原子などのことです。プラスの電気を帯びたものを陽イオン、マイナスの電気を帯びたものを陰イオンと呼びます。カルシウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンも陽イオンです。
※2 NMDA受容体は、「グルタミン酸」という神経伝達物質の受容体のひとつです。
※3 M・F・ベアーほか(藤井聡 監訳)『カラー版 神経科学-脳の探求-〈改訂版〉』(西村書店、2021)132-133ページ
※4 Vieira, M.,et al. (2020). Regulation of NMDA glutamate receptor functions by the GluN2 subunits. Journal of Neurochemistry, 154(2), 121ー143.
※5 Kirklan, AE.,et al. (2018). The Role of Magnesium in Neurological Disorders. Nutrients, 10(6), 730.
※6 Fiorentini, D.,et al. (2021). Magnesium: Biochemistry, Nutrition, Detection, and Social Impact of Diseases Linked to Its Deficiency. Nutrients, 13(4), 1136.