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2025.6.16 分子栄養学「脳に必要なエネルギーATPの半分を使う!? 神経細胞とナトリウムポンプ」

ヘルシーエイジング

分子栄養学「脳に必要なエネルギーATPの半分を使う!? 神経細胞とナトリウムポンプ」

私たちの心を司る脳。脳は、身体の中で最もエネルギーを大量に消費する「大食い」な臓器のひとつです。

そして驚くべきことに、そのエネルギーのおよそ半分が、

・ナトリウムポンプ(Na/Kポンプ、Na/K pump、Na,K-ATPase。以下、ナトリウムポンプ)

というタンパク質を動かすためだけに使われていることが研究で報告されています※1

この記事では、

・脳のどこで、たくさんのエネルギーが使われるか
・ナトリウムポンプの役割
・脳でエネルギーを作り続けるための必須栄養素

について医師が解説いたします。一緒に見ていきましょう。

脳の驚くべきエネルギー消費量と「燃費の悪さ」の謎

脳の重さは体重のわずか約2%です。しかし使うエネルギーの量はその10倍、全身が使うエネルギーの約20%と常に多くのエネルギーを必要とします※3、※4、※5

※ビタミンB群を知る④「ビタミンB群と健康なココロには深い関係がある」

これは、他の臓器と比べても圧倒的に多いエネルギー消費量です。まるで小さなボディに巨大なエンジンを積んだスポーツカーのようです。

では、脳は一体何にこれほど膨大なエネルギーを使っているのでしょうか?

考えたり、記憶したり、身体を動かす指令を出したり。私たちが「脳の働き」としてイメージする活動にエネルギーが使われるのはもちろんですが、実は驚くべきことに、脳のエネルギーの大部分は脳を構成する細胞が、

「いつでも働ける準備」

を維持するために使われると考えられています。その準備に不可欠なのが、「ナトリウムポンプ」です。

そしてこの「燃費の悪さ」を理解することこそが、健康な脳と心を維持するための栄養素を理解する上で、非常に重要なポイントのひとつとなります。

脳のエネルギーの半分を消費する⁉ ナトリウムポンプとは

ナトリウムポンプを分かりやすく例えるなら、「細胞のコンディションを常に整える、超真面目なドアマン」のようなものです。

ナトリウムポンプは全身ほとんどすべての細胞に存在します。ここでは、神経細胞を例にしてその働きを一緒に見ていきましょう。

脳を構成する最小単位、神経細胞(ニューロン。以下、神経細胞)。

神経細胞の働きは、
・情報を伝達すること
です。

神経細胞は情報を「電気信号」としてやり取りすることで、私たちの思考、記憶、感情、運動などを司っています。私たちの脳や神経系が正常に機能するためには、神経細胞の健康が欠かせません。

通常、健康な神経細胞では

・細胞の外側:ナトリウムイオンが多い
・細胞の内側:カリウムイオンが多い※6

という濃度差が保たれています。ナトリウムとカリウムは「電解質(でんかいしつ)」とも呼ばれ、水に溶けると電気を通す性質があります。

そしてこの濃度差こそが、神経細胞が電気信号を発生させ、情報を伝達するための重要な基礎となります。

私たちが考えたり、感じたり、記憶したりするたびに、神経細胞は絶えず電気信号を発生させています。そしてこの電気信号(活動電位)が発生するたびに、ナトリウムイオンが細胞内に流れ込み、カリウムイオンが細胞外に流れ出します。

信号の伝達が終わった後、神経細胞は次の信号を送れるように、流れ込んだナトリウムを外に出し、流れ出たカリウムを内に戻さなければなりません。

この「リセット作業」を行うのが、ナトリウムポンプです。
※ナトリウムとカリウムの秘密 – 神経細胞の生命を支える電解質の重要性

脳は就寝中も、休養しながら基本的な生命維持機能を保つために働いています※7。その就寝中の大事な働きのひとつ「脳のお掃除(グリンパティックシステム)」に、ナトリウムポンプが関わるとの報告があります※8

神経細胞の命の要「ナトリウムポンプ」を動かすには、ATPが必要!

ナトリウムポンプの絶え間ないイオンの汲み出しと取り込み作業によって、細胞は「正常な状態」を保ち、いつでも活動できる準備を整えることが可能になります※2

そして忘れてはならないのが、このポンプが動き続けるためには、

・ATP(アデノシン三リン酸、adenosine triphosphate)

を常に供給し続ける必要があることです※2、※9

ATPとは、エネルギーを利用・貯蔵するための乾電池のようなものです。私たちはナトリウムポンプが働くATPを供給するため、常にATPを産生し続けなければなりません。

効率的にATPを産生するためには、ATP生成を行う代表的な3つの経路、
・解糖系
・クエン酸回路
・電子伝達系
をスムーズに機能させる必要があります。
※エネルギーをつくるための必須栄養素「マグネシウム、ビタミンB群、CoQ10、鉄」

そして脳においては、実に脳の全エネルギー(ATP)消費量のうち40〜50%がこのポンプを動かすためだけに費やされているのではないかという報告※1、さらに70%以上が使われているのではないかとする文献が存在します※2※14

もしこのナトリウムとカリウムのバランスが崩れてしまうと神経細胞は正常に機能できなくなり、最悪の場合、細胞死に至ることもあります。つまりナトリウムとカリウムの適切なバランスを保つナトリウムポンプの働きは、神経細胞の生命維持そのものに直結しています※9

効率的なATP産生に必須!エネルギー代謝に不可欠な栄養素

脳のパフォーマンスを高く維持するためには、このナトリウムカリウムポンプが滞りなく働き続けられるように、十分なエネルギー(ATP)を供給してあげることが不可欠です。

私たちの「心」は常に大量のエネルギーを必要としています。しかも、脳はエネルギーを乾電池のように貯めておくことがほとんどできません※10、※11

そのため、脳内では常にエネルギー代謝経路を動かし続け、ATPを供給し続ける必要があります※10

そして、このATPが効率的に作られる場所こそが、細胞内の小さな発電所
・ミトコンドリア
です。

脳はミトコンドリアで作られるATPによって活動を支えられています。この発電所がスムーズに動き続けることが、健康な「心」を維持するために極めて重要です※3、※11

ミトコンドリアで効率的にATPを作り続けるために必要だと考えられる栄養素は以下になります。

●ATPのもととなる、適切な量のエネルギー産生栄養素(3大栄養素:糖質、脂質、タンパク質)
●円滑なエネルギー代謝のための栄養素(ビタミンB群、マグネシウム、α-リポ酸、CoQ10、鉄)
●赤血球産生のための栄養素(タンパク質、鉄、銅、亜鉛、ビタミンB6、ビタミンB12、葉酸)

ミトコンドリアでATPを作るためには「酸素」も必要であるため、赤血球産生に必要な栄養素も重要です。

至適量の栄養素補給で脳の活動を維持し、健康な心を保っていきましょう。

※エネルギーをつくるための必須栄養素「マグネシウム、ビタミンB群、CoQ10、鉄」

※脂肪を燃焼する分子栄養学「カルニチン」を作る必須アミノ酸・ビタミン(C、B6、ナイアシン)、鉄

暑い夏を乗り切るための栄養素補給の必要性

しかし例えば、エネルギー代謝に使われる栄養素のうちの「ビタミンB1」が足りないだけでクエン酸回路の効率が落ち、ATP産生が低下することが報告されています※12、※13

ビタミンB1(チアミン)欠乏症は、現代でも
・糖質だけの摂り過ぎ
・アルコール多飲
・下痢
などでも起こる可能性があります。
※ビタミンB1不足で病気に⁉

暑くなると、そうめん、アイス、ジュースなど、口当たりの良い糖質に偏った食生活に陥りがちです。

良い睡眠、適度な運動とともに、ATPを作り続けるためのバランスの良い分子栄養学の食事をよく噛んで摂りましょう。脳の活動を維持し、健康な心を保つためにも、日々適切な量の栄養素(ビタミンB群、マグネシウム、α-リポ酸、CoQ10、鉄)を補給していきましょう。
※食事の基本

脳が常にエネルギーを使えるかどうかは、直接脳の働きを左右するほど大切だ、と報告されています※3、※11
※ビタミンB群を知る④「ビタミンB群と健康なココロには深い関係がある」

今回のまとめ

私たちの脳が持つ驚異的な能力は、目に見えない細胞レベルでの、
・ナトリウムポンプ
という、この地道で膨大なエネルギー(ATP)消費に支えられています。

日々の生活で脳のコンディションを整えることは、この最も重要な生命維持活動をサポートすることに他なりません。

そしてナトリウムポンプを支えるには、常にATPを供給し続ける必要があります。

脳の活動を維持し健康な心で暑い夏を乗り切るためにも、ATP産生のための適切な量の栄養素(ビタミンB群、マグネシウム、α-リポ酸、CoQ10、鉄)を日々補給していきましょう。
※心のエネルギーに必須!ナイアシンとNAD

※1 Ames 3rd, A. (2000). CNS energy metabolism as related to function. Brain Research Reviews, 34(1-2), 42–68.

※2 Clausen, MV.,et al. (2017). The Structure and Function of the Na,K-ATPase Isoforms in Health and Disease. Frontiers in Physiology, 8, 371.

※3 Kennedy, DO. (2016). B Vitamins and the Brain: Mechanisms, Dose and Efficacy—A Review. Nutrients, 8(2), 68.

※4 Raichle, ME. (2010). Two views of brain function. Trends in Cognitive Sciences, 14(4), 180–190.

※5 厚生労働省eヘルスネット
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/exercise/s-02-004.html
「表2: ヒトの臓器・組織における安静時代謝量」参照(大河原 一憲)

※6 イオンとは、電気を帯びた原子などのことです。プラスの電気を帯びたものを陽イオン、マイナスの電気を帯びたものを陰イオンと呼びます。ナトリウムイオンもカリウムイオンも陽イオンです。

※7 Hasegawa, E.,et al. (2022). Rapid eye movement sleep is initiated by basolateral amygdala dopamine signaling in mice. Science, 375(6584), 994–1000.

※8 Jiang-Xie, LF.,et al. (2024). Neuronal dynamics direct cerebrospinal fluid perfusion and brain clearance. Nature, 627(8002), 157–164.

※9 Jomova, K.,et al. (2022).  Essential metals in health and disease. Chemico-Biological Interactions, 367, 110173.

※10 Calderón-Ospina, CA.,et al. (2020). B Vitamins in the nervous system: Current knowledge of the biochemical modes of action and synergies of thiamine, pyridoxine, and cobalamin. CNS Neuroscience & Therapeutics, 26(1), 5–13.

※11 Wendolowicz, A.,et al. (2018). Influence of selected dietary components on the functioning of the human nervous system. Rocz Państw Zakładu Hig. 69(1), 15–21.

※12 Hrubša, M., et al. (2022). Biological Properties of Vitamins of the B-Complex, Part 1: Vitamins B1, B2, B3, and B5. Nutrients, 14(3), 484. 

※13  Taryn, J.,et al. (2021). Thiamine deficiency disorders: a clinical perspective. Annals of the New York Academy, 1498(1), 9–28. 

※14 M・F・ベアーほか(藤井聡 監訳)『カラー版 神経科学-脳の探求-〈改訂版〉』(西村書店、2021)57ページ

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